◆◆  『 夜ノ蝶ヤ鳥 』  ◆◆



 
 彼女は誰よりも美しい。
 夜に花開く大輪だ。
 目の裏まで塗られているのではと思わせる銀粉をべったりと目蓋に纏い、
 艶やかに、夜の女王のように笑う。
 彼女たち夜ノ蝶は、短い夜だけの花姫だ。
 一夜一夜摘み取られ、また夜には逞しく咲き誇る。
 涙を見せることは許されない。
 許しを請うことは許されない。
 逃げ出すことは許されない。
 艶やかに笑って、客を許して、散ることだけしか許されていない。

 彼女たちが一際美しいとされるのは、夜蝶独特の化粧のせいかもしれない。
 夜蝶の証しともなる過剰なまでの銀粉。
 彼女たちは表情もなく笑う。
「この化粧を落としても、まだ私のことを美しいなんて言えるかしら・・・?」
 謎めいた笑みで客を禁断へと誘う。
 夜蝶の化粧を落とすのは、禁忌のひとつなのだ。
 犯されてはならない禁忌。
 客も夜蝶も関係なく処罰される。
 それでも夜蝶は客を唆し、客は唆される。
 繰り返し、繰り返し、客も夜蝶も世代が代わる毎に起こる悲喜劇。
 銀粉の載った流し目は凶悪だ。
 諸刃の剣のようにきらりと光る。
 夜蝶は自分を賭けて客を唆す。


 さぁて、賭けに勝つのは、一体誰だろうかねぇ・・・?



 決まりを破って自由を手に入れられる者は僅か。
 後は短い寿命を一瞬にして散らされてしまう哀れな者ばかりというのに。
 賭けは繰り返される。
 禁忌はいつも破られる。
 彼女たちは人間ではなく、蝶や鳥なのだ。だからきっと遠くへ飛んで行ってしまいたいのだ。
 どんなにか弱い羽根でも空は飛べると信じて。
 力強く羽ばたいたら海さえ越えられると、願うように信じて、飛び立つ道を選ぶのだろう。